無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

パイはホールで買っている。

明け方。インク(ドクターマーチンのピグメントのピンク。分離してる)を振ってたら、よーく振ってたら、そっぽ向いて振ってたら、フタと容器をきっちり閉めて振ってると思ってたら、実は隙間があったらしくて、なんか手元ぬるぬるしてんなーとか思ったら、手はピンクまみれで、右手で振ってたのだけれど、気がつけば部屋の右側にピンク色の点々があちこちに散ってて、叫んだ。そのとき仕上げ途中だったイラスト見たら、無残にもやっぱりピンクの点々が散ってて、もっかい叫んだ。


私は長い間エプロンに冷たかった。一切関心を持たず、自分に用のないファッションだと思っていた。だから持ってなかった。

「プロジェクト松 ステキな東京魔窟」にも収録されているが、編集H岩さんと、取材でお料理を習いに行ったことがある。習うならエプロンが必要だ。
「持ってる?」
「持ってない」
「アンタは?」
「アタシも」
二人ともエプロン不在の人生であることが判明。でもまあ、じゃあ、適当に用意して持っていきましょう、ってことになり、それぞれそこいらで買って取材に挑んだが、先生のお話を聞くだけの講習会であることが現地で判明して、そのエプロンは首うで通さず、そのままタンスの中にしまって、月日が流れた。

たしか今年の初めあたり。なんか寒いなあと思って、でももう一枚着るほどでもなくて、なんかないかなぁとタンスをあけたらエプロンが出てきた。ああエプロン。
防寒としてのエプロン。

これがちょうど良かった。これぞ求めていた今の寒さの解決だった。知らなかったんだけど、エプロンって暖かい、って人に言ったら、そうそう、あれちょうどいい、って応えられて、あああエプロンが好かれているのはそのせいなのかなぁなどと思った。

以来、私はエプロンを好むようになった。こんないいひとだとは思わなかったのだ。長年の誤解がとけて、いまや情さえ感じる。

都合だっていい。
こないだ近所の人が諸連絡でみえたときに、玄関にエプロン姿で出て行ったら、あらお忙しいところごめんなさいね、って言ってもらえた。働き者扱いである。美しい誤解は恋愛にだけ存在するのではないのだ。


インク振ったとき、エプロンしてなかった。
服にもピンクの点々があった。
でもエプロンが無事でよかった。
エプロンして床の上にぺたんと体育座りしてひざの上にアップルパイのお皿のせてあああ〜いい天気だあ〜〜って空を見上げるのはすこぶる幸せだ。