無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

トラのこと

むかしウチに、トラ、という名前の猫がいた。
全身キジトラ模様。お腹も手の先までも、見事なしましま。
性格もよくて賢く、すこぶる男前。

もちろん、トラの歌もあった。


トラちゃんと英子ちゃんは
模様が
ちがうけど
とっても仲良し



よく歌って聴かせた。
とっても仲良し、の部分は振り付けもあって、それは
深々こっくり頷く、という、なんてことない簡単なものだけれど、
でも、この歌をよくあらわすには、大事なしぐさなのだ。ここがキメなのだ。

猫は柑橘類がニガテだというけれど、トラはグレープフルーツを枕にして寝ていたりしていたから、絶対ではないのだ、ということも教えてもらった。


ある日帰ってきたら、トラがいなかった。遊びにいっていていない、なんていうのは毎日のことだけれど、
ああ、トラにはもう会えない
そう思った。
前にもそんなことがあった。ねこ太という猫がいなくなったときも、そうだったのだ。
気のせいにしたかったけど、トラはもう帰ってこなかった。

歳はとっていなかったはずである(トラは成猫の迷い猫だった。母が保護してきた)。病気でヨレヨレになっていたわけでもない。ただちょっと毛がパサついているな、どうしたかな、というくらいであった。
こちらの気づけない病が時期をむかえたのかもしれないし、可愛かったから、誰かがつれていったのかもしれない、わからないけれど、とっても仲良しのまま、どこかへいってしまった。


グレープフルーツを枕にしている写真は、いまも実家に飾ってある。
それを見ながらいると、必ず歌がでてきて、キメの部分は勝手にあたまがこっくり動く。