無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

草津温泉 白旗の湯

なるたけ人はいないほうがいい。


映画館でも食堂でも博物館でも銭湯でもバーでも特急草津号でも。
できれば貸切が望ましい。
気に入りの店に入って、客がいないとすこぶる嬉しく、暫くして誰かが入ってくると疎ましい。上野に私の好きな食堂があるのだが、理由は“いつも客がいないから”。はやってないのだ。だからおすすめはできない。

そんなふうだから、泊まるホテルのお風呂も草津の町に点在している共同浴場も、私が入る時は人はいないでいてもらいたい。見にいって、誰もいないと嬉しくて胸のなかでガッツポーズだ。

今回草津にいった日は、連休の後だったので、町全体に人は少なかった。いい時を選べた。

ホテルにチェックインして、すぐさまそこのお風呂にむかった。私だけだった。うへへ。
私が泊まったホテル「スパックス草津」のお風呂は“万代鉱”と呼ばれる源泉を使用している。草津には湯畑、万代鉱、白旗、西の河原、地蔵、など源泉が沢山あって、宿によっては自家源泉を持っているところもある、が、多くの宿は源泉は湯畑か万代鉱。
このホテルのお風呂も、湯量豊富な草津、当然かけながしである。循環でない。薄めてもいない。さすが草津

10年ぶりに草津のお湯につかる。
こんなご無沙汰にするとは思わなかったんです。草津にむかってなんだか話す。
できたら毎月きたいです。でもそんなに稼いでないです。だからたまにになりますが、もう10年もあけることはしたくないです。


ホテルのお風呂でしっかり身体を洗い、これでこころおきなく入っちゃ出て入っちゃ出ての共同浴場巡りができるというもの、とこれから始まる共同浴場参拝にうずうずしだす。そうだな、万代鉱の源泉の共同浴場は、今回は行かなくていいや、とか思いながら、さてどこの湯にまず行こうかと一応あれこれ浮かべるが、やはり白旗の湯、なのだ。

白旗源泉の白旗の湯。白濁したお湯がたまらない、白旗の湯。私、温泉は濁っているほうが有難みを感じるほうだ。
共同浴場の中の幾つかは、源泉のすぐそばにあるので、湧きたて、の喜びが楽しめる。湧きたて&白濁。うへへ。



タオルと飲み水と少しのお金だけ持って、10年ぶりの白旗の湯へ向かう。

戸を開けて下を見たら、靴が2そくしかなかった。やった。少ない。
名所である湯畑のまん前にある白旗の湯は、いつも混んでいるので、先客たった2名は運がいい。

久しぶりに来ました、と白旗に挨拶しつつ、かけ湯をする。かけ湯をして身体を慣らしてから、それからそーっと入る。

ふいーーー・・・。

湧きたてのお湯が木のといをつたって、湯船にとどく。その音。いま耳元できいている音。
ずっと昔から湧いてて、私がしんでからもずっと湧いてるお湯に今いるのだ。今はいるのだ。
湯気湯気湯気。吸い込む。


先客2人が、湯からあがる。
ここをあとにする。


私ひとり白旗の湯。


そうだった、と思い出した。
白旗の湯に入って、こうしてここのお湯の中からこの木造りの内側をながめるのが好きだった、と。

そのとき、私しかしらない白旗の湯。