無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

あたりはずれ

某旅行雑誌、読者層は20〜30代の女性が圧倒的、の営業の方が、
一人旅の特集を組むと反響が凄い、と言っていた。
そうだろうなあと思う。


人それぞれ楽しさにも好みはあると思うが、
私は大人数の旅行はあまり好まない。
旅をするのなら、多くても、2人、と思っている。
それ以上だと、どうも気がすすまない。


私は温泉が好きで、一人で温泉旅行に行ったことが何度もある。
そこでちょっと困るのが、宿をとること、だ。
ホテルでなく、旅館だと、一人客に対して積極的ではないのだ。私は旅館が好きなのに。
ここ数年、多少状況は変わってきてはいるようだが、宿泊はお二人様から、が、今でもやはり大前提として、ある。
商売として仕方ない部分はあるのだろうなぁとは想像するが、一人旅を楽しむコチラからすると、さみしい気持ちがする。


私は自由業なので、平日に旅に出られるので、まだきっと部屋をとるチャンスがあるほうなのだろう。
平日ならばお一人様でもどうぞ、という宿があるからだ。
でも、外にお勤めしていて、土日しかお休みできない方は、選べる宿泊先がかなり限られてしまうだろう。
一人旅特集を読んで、ここなら一人で泊まれる!と嬉しくなってしまう人の気持ちがわかる。



ずいぶん前の話だが、草津温泉に5泊6日の一人旅に行ったことがある。
何度か行ったことのある、気に入りの、大好きなあそこのお湯にとにかくひたすら飽きるほど浸かりたくて、計画したのだ。
草津はやっぱりお湯に実力がある。恋の病以外ならなんでも治るっていうし、湯量も豊富だし。共同浴場も沢山あって、しかも無料。町の中が入り組んでいて、掻き立てられる細い道があちこちあって、歩くのも楽しい。
その草津に一人旅。はずんだ。


最初の3泊は、いかにも旅籠という感じの、ある旅館に予約をとれた。
電話したら、電話主がしばらくご主人と相談の後、平日でしたらどうぞ、と言ってくれたのだ。
4、5泊目は、現地調達しようと目論でいた。そういうことをしてみたかったのだ。イベントとして。
もし3泊で帰りたくなったら、やめればいいのだし。


実際行ってみたら、最初の3泊が楽しくて、やはりもっといたくて、4、5泊目の宿を探しだした。
しかし休日がからんでいたため、どこもいっぱい、しかも一人客、何軒も何軒も回って、どこもダメだった。
そのガッカリが、作用してしまったのだろう、某、なんかこう、パッとしない、ここってどうなの・・・という印象を抑えられないような宿に打診してしまったのだ、つい。
どこも客でいっぱいの休日に、予約がとれてしまう、というあたり、もう何かを感じさせるのだが、とりあえず宿泊先を確保できたことだけが嬉しかった、泊まるまでは。


チェックインして部屋に入ったとき、やっちまった!、と思った。


殺人事件があったとしか思えない床のどす黒いシミ(相当広範囲)、
山中のあばら家でもこうはいかないだろうと思う壁紙のはがれっぷり(もうべらんべらん)、
獣でも暴れたかというような破れ放題の障子、ふすま、
電気の紐に延長として垂れているのが毛羽立ったビニール紐、
急須の中は、お茶っ葉がひっかかったまんま、
臭うふとん、
つかない暖房。



草津、寒い。もうカザハナが舞う時期だった。
つかない暖房に、その内つくのではないかと何度もチャレンジした。しかし
ブルンブンブンブンブン、シュー・・・・
おしまい。
この寒さだけでもどうにかならないかと、宿の人に訴えてみたら、返ってきたのが
「風呂入りゃあったまるから」。
この究極の一言に、ついに私はウケてしまい。
ついにこのヒドさを楽しみだしてしまった私、どれどれと風呂に向かった私は、そこにも安らぎはないことを知った。


強い泉質の影響で、侵食されて、浴室の床、トゲトゲ。
入っていくのは、ただの拷問。
なんかこう、なんかの宗教の儀式でこういうのあったよなあ、とか思いつつ、
なるたけトゲのない部分を選んで、カランの前までつま先で進みゆき、椅子を確保、足を浮かせて体を洗う。
全然流れてくれない排水溝。
狭すぎる湯船。


とりあえず暖まって、こんどは食事だ。さぁどう来るつもりだ。
やっぱり期待は裏切られなかった。
凍ったままの甘エビ。歯がたたないくらいカチンコチン。


そこの旅館、悪い意味で有名らしく、共同浴場で話しかけられた草津の方々に、どこに泊まっているの、と、きかれて名前をいったら、あきらかに表情がかわった。あそこで草津を評価しないで!という心の声が聞えたようだった。
大丈夫。何度も来てますから。草津のお宿の良さ、知ってますから。こんな目にあったの、初めてですから。
心の中で、私も応えた。


久しぶりに草津もいいな。
いま検索してみたら、共同浴場の地蔵の湯が建てなおしされていた。地蔵の湯、好きだったのだけれど、昔の。
凪の湯は変わってないみたいで嬉しい。煮川の湯は、まだ入ったことのない唯一。