事件
昔はらっきょうがニガテだった。
なんでこんなのものあるんだろうと思っていた。食べる人が謎だった。
数年前、カレー屋さんに入ったとき、なんとなく気が向いて、いつも無視の付け合わせにらっきょうを選んでみた。なかばイタズラだった。
あれ、いける…
あれ…
しかしそう思っても、ちょっとそう思っただけのこと、普段らっきょうを欲することなんてなかった。たまたま目の前にあれば一つ口にするくらいのらっきょう度だった。
なぜかわからない。
ここ暫く、
…らっきょう…
と思う日が
幾度かあった。
別に雑誌で見たわけでも、友人の話にのぼったわけでもない。
なのに、なぜだか、
…らっきょう…
今日、夕方買い物に出たときに、ふと、それを思い出してしまった。
…らっきょう…
漬物売り場に行く。あったらっきょう。甘いのと辛いの。気分で甘いのを手に取る。
ねぇ、私、らっきょう買うの?
私の人生でらっきょうを買う日が来るなんてまさか無いはずではなかったか。
無いはずだった。
買い物カゴにらっきょうを入れた瞬間、あぁ、私は今日からもう別人だ、と思った。どうしたって昔の英子にはもどれないのだ。らっきょうを買う私なんて。らっきょうを食べたい私なんて。らっきょうの入れ物どれにしようなんて思う私なんて。
しかも私はバタートーストが食べたくなって買い物に来て、そのバタートーストの添えものとしてらっきょうをぴったりだと思って選んだのだ。
やったよ添えもの。食ったよらっきょう。
合うと、私は思う。
カレーに必ずらっきょう添える人がいるように、これからの人生、私のバタートーストにはらっきょうがついてくる。
で、らっきょう、
たいそう気に入っちゃって、
また買う気でいる。
疲労回復によいと知って、ますますらっきょうに気が向いている。専門店とか行きたい。あるんだか知らない。
今のこの仕事の地獄がすんだら、私は、らっきょう買いに、わざわざ出かけたいのだ。
知らない私になってゆく。