無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

湯治 二

温泉に行くと、いつも大浴場では同じ洗い場に行く。


カランのあるところ、あのシャワーとか石鹸とかシャンプーとか置いてある洗う“席”のことだ。私は入るたびに、同じところに行く。初めて大浴場に入ったときに、一番自分の気に入るなにか気の合う洗い場を選んでいるらしく、滞在中、何度も何度もお風呂に入るわけだが、洗うところはいつも決まっている、そして、湯船の中の、いる場所も、ほとんど決まっている、やはり気の合う幸せな一角があるのだ。

今回行った宿のお風呂も、入って右手にある洗い場にいつもいた。右手には一席しかない造りだった。ほかには一切行かなかった。
湯船も、なんとなく一周したが、いるところはだいたいこのあたり、と即決まっていた。私は、何にしても、気に入るとか気に入らないとか、相当それに忠実なのかもしれない。猫が、コタツから出てきてごろんと横になるのはいつも同じ場所である。もしかしたらそれかもしれない。ほかの人がどうだか知らないから、みんなそうなのかもしれないけれど。


日曜日から行ったので、宿泊客は少なかった、滞在中、私一人の日もあった。私はなんでも混んでいるのが苦手なので、嬉しかった。お風呂もほとんど貸切状態で、幸せだった。
肩まで入っては、出て、木で出来ているふちで休んで、今度は段のところで半身浴して、またふちで休んで、また肩まで入る。ふちで休んでいるときは、でも右手だけはお湯に入れて、腫らせちゃってすまなかった、と詫びながら目は温泉のなかでゆらゆら見える右手にむけて。
ずっと前から来たくてなぜか今やっと来たこととか、今の自分のこととか、次のネームのこととか、持ってきた本に書いてあったこととか、考えることが沢山沢山ありすぎた。こんなに考えてばかりじゃ、せっかくの湯治行為が身体に活きないように思えた、だから、お風呂にいるときだけはなんにも思わないで、ただこのお湯に入っている感覚、だけになろうと、何度かしてみて、でも長続きしなかった。つくづくと、次に来るときは、もっと考えない自分の時を選ぼうと思った。仕事なしのときを。


泉質もとても気に入った。源泉が3本もあって湯量豊富の完全かけ流し(部屋のお風呂も洗面も、全部温泉!)、加熱なし、飲んでもおいしかった。

↓大浴場

↓露天風呂。フロントで鍵をもらって、貸切で入るシステム