夢見る玄関
先日、三十数年ぶりに、犬の糞を踏んだ。
朝。おいしいパンが食べたくなって近所のパン屋さんに向かう道。
ぼへーっと歩いているそのとき、左足をやってしまったのだ。
気づいた瞬間、私は、哀しくも悲しくも、驚きも、怒りも、ショックもなんにもなく、ただ、
ああ、歳とったなぁ、と思った。
若いときはこんなことは決してなかった。
これじゃパン屋さん入れないなあ。
来た道を戻った。
途中の和菓子屋さんのショーケースをふとのぞくと、串にささっているのではない、あんこにまみれた切り餅がうられていた。
あれがいい。
どこか心がニヤっとして、それを買った。朝ご飯。
靴は、買ってからたいして履いてなかったのだが、とても無理なので、捨てた。
そして、この写真なのである。
数日後、同じ靴を探しに行き、ぶじ購入。
玄関には、新しい靴と、汚さなかった右足のみの靴。
私は夢みている。もしかして、また踏んでしまう日がきたら、それが今度は右で踏んでしまえたら、残っている右の靴が
何食わぬ顔をして、新しい左と一組の靴になってはくれまいか。
しかし実はもっと夢みている。
また左で踏まないだろうか、と。
玄関にたまりゆく右足だけの靴。
お客様が来たって説明なんかしません。
聞かれたってこたえません。
ただ少しわらうだけです。
趣味の玄関。