無償の悪

松本英子。漫画、イラスト業。

そんなとこまで似ている

寝て、起きかかっている時、いろいろ楽しいことがおこる。
半分起きていてもまだ夢の延長にいるから、誰かに話しかけられたり、揺さぶられたりする。これはちっとも気持ちの悪いことではなくて、ただそういう状態なだけだ。起き掛けにある、脳だか身体の都合のそれ。こないだも手を握られて、あまりにもずっと握っているから鬱陶しくて振り払った。


まだ実家にいる頃。
小学生くらいの頃から、そして大人になってからも、起きがけの状態の時に、よく同じことがおこっていた。

多分、犬なのだ。目をつぶっていて見えないから、聴くだけだから、断定はできないのだけれど、きっと犬。ハアハアいう犬のその息づかいが、しょっちゅう聴こえていた。
近くで聴こえるのではない。感じとして、家のまわりを走り回っている、そんなように、むこうでやっているふう。

子どもの頃は、本当に犬が走ってハアハアいっているのかと思っていた。ウチで犬を飼っていたことがあるが、でもウチの犬ではないようだった。そして、犬を飼っていないときも、それを聴いていた。

あまりにも長年にわたって聴くので、そうしょっちゅうどこかからたまたま犬がウチの庭にやってきてハアハア走っているわけもないから、そうか、これは寝ていて半分起きているとき限定のことなんだなぁと理解しだした。
このことは、家族には言わなかった。


去年だったか、実家で久しぶりに兄に会った。兄も私も、もう長いこと実家で暮らしていない。
一体、何の話からそんな話題になったかは覚えていないが、兄が言い出した。

俺さぁ、昔よくこのウチで寝ている時、犬がハアハアいうの、聴いてたんだよ

私と兄の話を照らし合わせるに、二人とも、半起きの状態であるということ、犬が、台所の前から藤棚を抜けてお風呂場の前のあたりまでの庭を、走って行ったり来たりするような感じでとらえているということ、誰にも言ったことがなかったということ、そして、これは、“実家でしか聴いたことがない”ということ、まるで同じだった。

私と兄、勿論血が繋がっているから、いろんなつくりが同じなのだろう。これはだから、実家で半起きだと、そうなってしまうという、妙なあたりまで似ているということなのだ。
思うに、きっと子どもの頃から、それを不思議なこととしてとらえていて、ウチで寝ているとこうなる、という刷り込みを自分にしているから、実家以外だと、体験しなくしているのだ。そんなふうだと思う。


ちなみに兄二人と私、書き文字が似ている。
丁寧に書いた字は全然違うが、走り書きの文字はそっくり。
まだ3人とも一緒に暮らしていた頃、兄が書いたと思った文字をよく見たら、私のだったりしたこともある。
長男から見ると、次男と私の文字はまるで同じ、自分のは違う、らしい。
次男から見ると、長男と私の文字はどう見ても一緒、自分のはそこまで似てない、らしい。


ここしばらく私はなんだかサイダーが美味しくて、炭酸飲料はビール以外はめったに飲まない人生だったから、まさかサイダーが旨い日が来るだなんて、などと思っていたのだが、最近実家に帰ったら、私より圧倒的に炭酸を飲まない、かつてはなぜか炭酸を悪としていたヒロコ(母)が「この頃わたし、サイダーが美味しいのよね。箱買いしちゃったわよ」などと言っていた。

打ち明けていないだけで、実は同じことは、もしかしたら、膨大にあるのかもしれない。